【風のマジム】
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インフォメーション
題名 | 風のマジム |
著者 | 原田 マハ |
出版社 | 講談社文庫 |
出版日 | 2014年08月 |
価格 | 770円(税込) |
登場人物
・伊波まじむ
沖縄産のラム酒を造るために奮闘する主人公。
・知念冨美枝
会社の先輩。
・吾朗
カフェバーのバーテン。
・瀬那覇仁裕
醸造家。
あらすじ
※一部、ネタバレを含みます。
※本記事は要約記事ではなく、自身の言葉であらすじ及び感想を書いたものです。
絶海の孤島
まじむは沖縄の那覇に生まれ、那覇で育った。
曾祖母の代から、伊波の家は那覇の中心部で豆腐屋を営んでいる。
まじむは正真正銘の那覇っ子だ。
「南大東島」なんて、来ようとも思わなかったし、いったいどこにあるのかさえも考えたことはなかった。
だいいち、まじむは離島というところへ行ったこともない。
そんなまじむがこの先の人生を捧げると決めた大計画を胸に、一途に南大東島までやってきた。
大東のさとうきびを使って、沖縄産のラム酒を造る。
風が育てる酒
琉球アイコン株式会社。
携帯電話や通信系事業を幅広く展開する。
まじむはここの派遣社員で、簡単なデータの入力やコピー取り、お使いやおやつの買い出しなど、日常的なサポートが主たる業務だ。
別にまじむである必要などなく、いつでも首をすげ替えられそうな立場だ。
仕事を始めたころは、まじむはなかなかなじめなかった。
ミスも多かったし、そのたびに先輩に小言を言われて落ちこんだ。
それでもおばあとおかあと三人で暮らす家計を助けているんだ、楽をさせるんだ、と言い聞かせてがんばった。
しかし、毎日を楽しくなく感じているのは、苦しかった。
そんなとき、おばあから仕事帰りに、カフェバーで待ってるから、とメールが来た。
おばあの勧めで、初めてラムを飲んだ。
喉をするすると落ちていく感触が、ひんやりして気持ちよかった。
経験したことのない味。
それでいて不思議ななつかしさがある、深く豊かな味だった。
ラムは、さとうきびからできる酒。
だから、風が育てる酒なのだ、とおばあが教えてくれた。
それ以来、ラムはまじむのいちばん好きな酒になった。
ベンチャーコンクール
入社四年目になる年末。
書類の整理をしていると、『社内ベンチャーコンクール募集の告知』の書類がまじむの目に留まった。
読みながら、不思議なことに胸が高鳴った。
何度も何度も穴が開くほど読み返した。
全社員、というところにひっかかった。
自分にも、何かできることがあるのかもしれない。
こういうのを「チャンス」と呼ぶのかもしれない。
まず、応募者は事業アイデアをベンチャー支援グループを通して会社に提案。
書類審査と面談の一次審査を通ったものが二次審査に進む。
二次審査では、より具体的なプレゼンテーションをしなければならない。
このプレゼンが通れば、提案者は新規事業開発部に異動になり、推進責任者として提案した事業の専従となる。
事業化の可能性検証に半年ほど費やし、いよいよ最終審査となる。
このとき、会社の役員一同をまえにプレゼンテーションしなければならない。
プレゼンを受けて事業化決議の役員会が開かれ、そこで承認されて、晴れて新会社設立となる。
沖縄産のラム酒
吾朗は、自分のアイデアであれこれカクテルを作っているうちに酒の世界にはまった。
吾朗が入れてくれるおばあとまじむのお気に入りのお酒、クレマンアグリコールブラン。
中米のフランス領マルティニク島産のアグリコール・ラムだ。
花の香りがするだろ?と、初めてアグリコール・ラムを勧めてくれたとき、吾朗が言った。
まじむはひと口飲んで、野に咲く花を思い浮かべた。
マルティニク島は沖縄の離島と同じようにさとうきび畑しかない。
「どうしてこんなにさとうきびがいっぱいあるのに、沖縄のラム酒っていうのがないのかね」と、おばあがどこか残念そうな口調でつぶやいた。
沖縄のさとうきびから生まれた酒。
沖縄の風に吹かれて育った酒。
もしも、そんな酒があったなら、造ってみたい。
その思いは、きらりと光って、すとん、とまじむの心の真ん中をめがけて落ちてきた。
醸造家
ベンチャーコンクールには迷った末に思い切って応募した。
「沖縄産のラム酒を造る」というアイデアが浮かび、それを実現させる事業計画を描いた。
まじむのプランはコンクールの二次審査で最優秀賞に選ばれ事業化に向けて始動することになった。
これからはこの事業が会社として成り立つのか、利益を生み出すものとなりうるのか、精査していく。
工場を建設する場所の見当をつけて酒類製造免許申請の準備、そして醸造家が必要となる。
まじむが醸造家を決定する要素として重要視しているのはラム造りに、心血を注いでくれる人。
けれど、そんな人をどうやって見つけたらいいのか、吾朗に相談した。
吾朗は液体の入ったグラスをふたつ持ってきた。
ひとつのグラスは無色透明な液体でしみるような辛口の酒、伝説の泡盛だ。
華やかな香りが強く立ち上がり、豊かなコクが口の中いっぱいに広がる。
こんな泡盛は飲んだことがなかった。
もうひとつのグラスはルビー色に輝く液体で、強い酸味とほのかな甘み、アセロラワインだ。
このふたつの異なった酒をまじむに飲ませた理由、それは同じ人物が作った酒だった。
まじむの運命を変えるであろう、醸造家の名前がそこにあった。
最終プレゼン
琉球アイコム初のベンチャー事業として認定されるのは、たった一事業だけ。
二年以上かけて育んできた企画が、霧と消えるか生き残るか。
すべてはこれから始まるプレゼンにかかっている。
まじむのプレゼンは、役員にほんもののラムを体験してもらうことだ。
ドアの向こうから現れたのは、蝶ネクタイが凛々しいバーテンダー姿の吾朗だった。
グラスを傾けながら、何人かの役員がうなずいた。
グラスを口に運び、笑い合っている。
工場建設地第一候補・南大東島、醸造コンサルタント第一候補・瀬那覇仁裕。何よりもさとうきびを大切にし、さとうきびの心を知っている南大東島の人々。
沖縄産の酒にこだわり抜き、醸造に真心をこめて、伝説の酒を生み出した醸造家の瀬那覇仁裕。
この両者を味方につければ、この事業の最大の目的、多くの人々に愛されるラムはきっと生み出せる。
そういう酒を造ってこそ、郷土に根差した事業としての意義が証明される。
役員の顔はどの顔も、してやられた、と愉快そうだ。
一週間後、役員会より通達が届いた。
『満場一致で、沖縄産ラム酒製造事業、最終審査一位通過。本事業を正式に事業化することを決定する』
ライターのコメント
本文では、主人公のまじむがラム酒製造を事業化するまでに的を絞って紹介させていただきましたが、本書ではラム酒が出来るまで描かれています。
そして、この話は現実に存在するということ。
民間企業のOLから立身し、現在、南大東島に本社を置くラム酒製造会社「グレイスラム」の代表取締役社長である。
体験談をベースに書いたフィクションだが、現実に造り出した「コルコル」を飲んでみたいと思う。
実際に口にした誰もが言った言葉は「風を感じる」だそうだ。