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インフォメーション
題名 | 52ヘルツのクジラたち |
著者 | 町田そのこ |
出版社 | 中央公論新社 |
出版日 | 2023年5月25日 |
価格 | 814円(税込) |
登場人物
・三島 貴瑚(キナコ)
過去に両親から虐待された経験をもつ。
・村中 眞帆
貴瑚から家の修繕を頼まれた業者。貴瑚に好意をもつ。
・ムシ
中1の少年。母親からの虐待が原因で喋れない。
・琴美
ムシの母親。
・品城
元教師で老人会の会長。琴美の父親。
・美晴
貴瑚の高校時代の友人
・岡田安吾(アンさん)
美晴の会社の先輩。
あらすじ
※一部、ネタバレを含みます。
※本記事は要約記事ではなく、自身の言葉であらすじ及び感想を書いたものです。
であいとはじまり
三島貴瑚は一人で東京から大分の小さな海辺の町に越してきた。
亡くなった祖母の家で、静かにひっそりと暮らすはずだったのに、興味本位で自分のことを噂する町民たちに嫌気がさしていた頃、ムシと名乗る少年と出会う。
ムシは身なりもひどく、全身にアザがある。
「あんた・・・やっぱ虐待されてる、よね?」貴瑚は思わず声をかけたが、ムシは逃げてしまう。
数日後、貴瑚は老人会会長の品城から、早く仕事を見つけるようにと説教をうける。
嫌悪感を抱き帰宅した貴瑚は、村中より品城はムシの祖父だと聞く。
ムシの母親の琴美は高校を中退し突然消えたが、十数年がたった最近、子連れで戻ってきた。品城はムシについて、手に負えない子と周囲に話している。
ドアの向こうの世界
貴瑚は幼い頃母と母の再婚相手から虐待されていた。
二人の間に生まれた弟は大事にされ、母の連れ子である貴瑚は不要なものとして扱われてきた。
高校卒業後、就職が決まっていた貴瑚だったが、義父が難病を患い右足を切断することになったため、母に介護要員とされてしまう。
就職の話も破談となり、貴瑚は連日懸命に義父の介護をしていたが、義父の症状は悪化。
悪化したのは貴瑚のせいだと罵る母親の言葉に絶望を感じていた頃、高校時代の友人美晴と、美晴の職場の先輩である岡田安吾(アンさん)と出会う。
アンさんは貴瑚をキナコと呼び、貴瑚は限界を超えており今の状況は呪いだと告げる。
貴瑚はアンさんと美晴の手伝いのもと、家族と決別し新たな人生を歩み始める。
アンさんは貴瑚に、第二の人生では愛を注ぎ注がれるような魂の番と出会えるはずであり、それまでは自分が守ると宣言する。
貴瑚はアンさんとの出会い、初めて自分の思いが届く喜びを知ったのだった。
貴瑚が第二の人生に慣れてきた頃、勤め先の上司である新名主税に好意を持たれるようになった。
多少強引だが広い世界へ導いてくれる主税に次第に惹かれ、交際を開始するが、主税には婚約者がいることが判明する。
一旦は関係を終わらせようとする貴瑚だったが、関係を続けたいと言う主税の思いに負け、交際を続けることを選ぶ。
アンさんは交際当初から二人の関係に反対していたが、聞く耳を持たない貴瑚に対して徐々に距離をとるようになり、ある日を境に音信不通となった。
52ヘルツのクジラ
貴瑚の家にムシが訪ねてきた。
2人でアイスを食べていると、突然ムシが声を殺して泣き始めた。
貴瑚はムシに、仲間たちには届かない52ヘルツの周波数の声をもつ、世界で一番孤独なクジラの声を聴かせる。
貴瑚はこれまでの自分をそのクジラに重ね、眠れない夜はその声を聴いて乗り切ってきた。
貴瑚はその声をきいて泣き続けるムシのことを“52”と呼ぶことにし、52の誰にも届かなかった声を受け止め、自分が守ることを決意する。
52は母である琴美から虐待をうけ、一緒に暮らす品城はそれを見て見ぬふりをしていた。
貴瑚は琴美の元へ行くが、琴美は息子のことを心配するどころかいらないと話す。
琴美の元へ返さないことを決めた貴瑚は52が会いたいと話す北九州の父方祖母と父の妹であるちほちゃんを訪ねることにした。
出発の日、貴瑚の元へ突然美晴が訪ねてくる。
美晴は突然いなくなった貴瑚を心配して探しに来たと話し、しばらく貴瑚と暮らすと宣言する。
貴瑚と美晴と52は父方の実家を探し出したが、父方祖母とちほちゃんは既に他界していることと、52の名前が『愛(いとし)』であることを知る。
償えない過ち
美晴にアンさんが亡くなっていたことを知っているかと問われた貴瑚は「知ってた」と答え、自分が抱えている罪について打ち明ける。
貴瑚と音信不通になった後、アンさんが仕事も辞めマンションも引き払っていたことを知り、貴瑚は自分のせいだと確信する。
そんな中、主税からアンさんが貴瑚の存在について主税の親や婚約者宛てに知らせる手紙を出したことをきく。
主税はアンさんを逆恨みし、復讐するために岡田安吾について調べあげ、一つの事実を知った。
アンさんは、戸籍上は『岡田 杏子』という女性だが、男性として生きることを選んだトランスジェンダーだったのだ。
主税はアンさんの母親に連絡し、面白がるように事実を伝えた。
貴瑚は主税の目を盗んでアンさんに会いに行く。
アンさんの自宅でアンさんの母親と鉢合わせた貴瑚は、二人で部屋に入り、浴槽で自ら命を絶ったアンさんを発見する。
アンさんは亡くなる前に母親宛てと主税宛ての2通の遺書を残した。
母親宛てには不完全な娘を詫びる母親への懺悔の言葉を、主税宛てには貴瑚の幸せを託す言葉が綴られていた。
貴瑚はアンさんが誰よりも自分を愛してくれており、命を懸けて自分の幸せを願っていたことを知る。
葬儀が終わり主税の元へ戻ると、主税はアンさんの死を笑い遺書を読みもせず燃やしてしまう。
貴瑚は、大切だった人を死に追いやり、優しかった恋人を変えてしまった自分自身を殺そうとしたが死にきれず、大分で第三の人生を始めることを決めた。
最果てでの出会い
貴瑚、愛、美晴が北九州いる間、琴美は新しい男と行方を晦まし、品城は孫を誘拐されたと騒いでいた。
貴瑚と美晴は村中の祖母から琴美の母親、昌子の存在を聞き、愛を任せられそうな唯一の存在である昌子に会いに行くことを決める。
出発の前夜『たすけて』の声で起きた貴瑚は愛がいないことに気付く。
胸騒ぎを抱え海へ走ると、生きる希望を捨てた愛を見つける。
貴瑚は愛を自分が守ると再度決心し「わたしと帰ろう、愛」と手を差し出す。
愛は貴瑚の手をとり、声をあげて泣いた。
愛が「キナコ」と呼び、二人で抱き合った時、飛沫をあげながら海に沈む大きな尾びれを目にする。
貴瑚と愛が一緒に暮らすという提案に対して、昌子は二年の準備期間を条件に承諾した。
別れの夜、貴瑚は愛にこれまでのことを話し、愛と関わることで救われたと礼を言った。
愛も声にならない「たすけて」という声を聴いてくれた貴瑚に感謝を伝える。
孤独な者同士だった二人が、孤独ではないと知った瞬間だった。
貴瑚は、世界中にいる52ヘルツのクジラたちに向かってその声が誰かに届くようにと祈った。
ライターのコメント
虐待、ヤングケアラー、トランスジェンダー、DV等、現代が抱える問題を盛り込んだ1冊。
町田そのこさんの丁寧な描写によって、登場人物の言葉を超えた思いを感じることが出来たような気がする。
起きている問題に対して、綺麗ごとを並べるのではなくしっかりと向き合い現実を伝える。
登場人物たちが悩み苦しみもがく姿や、周りに支えられながら少しずつ成長していく姿をリアルに描写しており、読み進める中で色々な感情になった。
つらい過去によって孤独を感じている人に対して、必ず理解してくれる人がいるという希望と、自分は誰かにとって必要な人になれるという希望を与えてくれる本だと思う。
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※本記事のセリフ部分については、紹介している本書より引用しています。