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インフォメーション
題名 | そして、バトンは渡された |
著者 | 瀬尾まいこ |
出版社 | 文藝春秋 |
出版日 | 2018年2月22日 |
価格 | 1,400円(税込) |
登場人物
・優子
主人公
・森宮壮介
三人目の父
・田中梨花
二人目の母
・泉ヶ原茂雄
二人目の父
あらすじ
父が三人、母が二人
生まれた時、優子は水戸優子だった。
その後、田中優子となり、泉ヶ原優子を経て、現在は森宮優子。
優子には父が三人、母親が二人いる。
家族の形態は、十七年間で七回も変わった。
実の母親は、優子が三歳になる前に事故で亡くなった。
幼かった優子は、母の顔も覚えていない。
優子の家族は何度か変わり、父親や母親でいた人とも別れてきた。
けれど、亡くなっているのは実の母親だけだ。
一緒に暮らさなくなった人と、会うことはない。
でも、どこかにいてくれるのと、どこにもいないのとでは、まるで違う。
血が繋がっていようがいまいが、自分の家族を、そばにいてくれた人を、亡くすのは何より悲しいことだ。
二人目の母
優子が小学校二年生の夏休み。
最初に現れたのは、梨花だった。
整った顔立ちというわけではないけれど、くりっとした目に大きな口は華やかで、化粧や髪型をもっとも似合うように施している、自分を見せるのがうまい人だった。
優子はすぐに梨花が好きになった。
三年生になる前の春休みに、梨花は優子の母親になった。
毎朝学校に行く前には髪の毛をかわいく結び、友達が遊びに来るときはたくさんお菓子を用意してくれた。
優子は梨花が自慢でしかたがなかった。
梨花と暮らし始めてから、いいことばかりだった。
小学校五年生になる前の春休み。
梨花と父はあまりうまくいっていなかった。
夜に二人が言い合いになってる声が聞こえることもあった。
父が転勤でブラジルへ行くことになったのだ。
しかし、梨花は日本に残ると言う。
優子に与えられた選択肢は二つ。
父とブラジルへ行って向こうで暮らすか、梨花と日本に残って今までと同じ暮らしをするか。
父と梨花は離婚する。
優子は、梨花と日本に残る決断をする。
二人目の父
父と離れて二ヶ月ほどで、養育費だけでは生きていけないと梨花は働き始め、小さなアパートに引っ越しした。
引っ越して家賃が半分になっても生活が楽になることはなく、梨花はお金が余れば余った分だけ使ってしまう。
そのおかげで、貯金はきれいになくなった。
優子が「ピアノを習いたい」と言っても、この生活では無理だった。
優子の小学校卒業と同時に、また優子と梨花は引っ越す。
どこに引っ越すかわからないまま梨花についていく優子。
着いた先は、大きな家が並ぶ中でも、ひときわどっしりと風格のある家だった。
「中学入学に向けて家とピアノと、新しい父親も手に入ったんだ」と言う梨花。
新しい父親は、白髪混じりの髪に縁取りの眼鏡。
家にはお手伝いさんもいた。
優子の部屋が用意されており、防音設備が整った部屋にはグランドピアノが置かれていた。
生活は一変した。
お手伝いさんが家事のすべてをしてくれた。
あまりに前の生活と違い過ぎて、ただ戸惑っているままで毎日が過ぎていった。
ここでの暮らしはとても恵まれている。
だけど、梨花と優子の二人の暮らしにあった自由さはなかった。
誰かが厳しいことを言うわけでもないのに、なぜか堅苦しい。
優子のそんな戸惑いや窮屈さを消してくれるのがピアノだった。
梨花が自分の生活を変えてまで手に入れてくれたピアノだ。
優子は必死で弾かないわけにはいかなかった。
泉ヶ原は穏やかで優しい。
一変した生活に抵抗があったが、不満を持つような状態ではない。
優子は自分にそう納得させ、そのうち、どこか親戚の家ででも暮らしているように、体や頭も慣れていった。
しかし、梨花は、三ヶ月も経つと、「息苦しい」「窮屈」と言うようになった。
学校から帰ると、梨花はいなくなっていた。
思い立ったら動かずにいられない梨花が、不満を抱えたまま暮らしていけるはずがなかった。
出て行ったと言っても、夕方には毎日のように優子を訪ねてきた。
寂しさは感じなかったし、生活は何も変わっていないような気がした。
そんな生活が一年以上続いたが、仕事が忙しくなってきたのか、頻繁に会いに来ることもあれば、一ヶ月以上来ないこともあった。
中学を卒業した春休みに、梨花が泉ヶ原がいる時にやってきて、中学の同級生で東大卒、一流企業で働いている森宮と籍を入れたこと、そして優子を引き取りたいことを話した。
三人目の父
森宮と梨花と優子の三人の生活が始まった。
しかし、二ヶ月で「探さないでください」というありきたりな手紙を置いて梨花は出て行った。
梨花は寂しがり屋だから一人ではいられない。
だけど自由でいたい。
結婚には向いていない人なんだと優子は思う。
泉ヶ原と暮らしていた時も梨花は出て行ったけど、たびたび訪ねてきたから、今回もまた会いにきてくれるはずだと思っていた。
ところが、一ヶ月経っても二ヶ月経っても戻ってこず、メールや電話が来ることもなかった。
梨花から離婚届だけが送られてきた。
森宮は実の父親でもなければ、優子と血のつながりのある人の夫でもない。
まだしっかりとした関係も築けていないし、父親だと思えてもいない。
森宮とこれからも暮らしていくことは不自然だと優子は思っていた。
しかし森宮は優子といると“明日が二つ”になると言う。
「自分の明日と自分のよりずっと大事な明日が、毎日やってくる」
「どんな厄介なことがついて回ったとしても、自分以外の未来に手が触れられる毎日を手放すなんて、俺は考えられない」と。
一つ家族が変わるたびに、誰かと別れるたびに、優子の心は強く淡々としていった。
でも、家族を失うことが平気なんかじゃない。
万が一、森宮が優子の父親でなくなるようなことが起きれば、暴れてでも泣いてでも阻止する。
この暮らしをこの家を、優子はどうしたって守りたい。
森宮優子。
次の名字を変えることがあるとするのなら、それは自分自身だと優子は思う。
二人目の父と再会
優子が高校の同級生と結婚することになった。
こういう時に厄介なのが、優子には親がたくさんいるということ。
結婚は知らせるべき大きな転機のような気がした。
今まで親となった人たちに、これで安心してもらえる。
優子はそう思った。
泉ヶ原に挨拶に行くことにした。
会うのは七年ぶりだった。
泉ヶ原は嬉しそうな笑顔を見せ、優子はほっとする。
そして、泉ヶ原に聞きたいことがあった。
梨花の居場所だ。
出て行った人のことを口に出すのは良くないかもしれない。
梨花につながるヒントでも得られたらと聞いてみると、泉ヶ原は梨花の居場所を知っていた。
二人目の母と再会
梨花は病院にいた。
泉ヶ原に聞いた部屋に行くとネームプレートの名前は「泉ヶ原梨花」となっている。
会わなくなって七年間、梨花に何が起こったのか、わからないことが多すぎる。
七年ぶりに会う梨花は、病気のせいか顔色も悪いし痩せている。
この七年の間に、泉ヶ原と離婚して、森宮と結婚して離婚して、また泉ヶ原と再婚したと言う。
泉ヶ原の家を出たのは、あの暮らしが窮屈になったことと優子もこんな至れり尽くせりなところにいたら、だめな人間になると思い込んだ。
経済的にも梨花一人で苦労させないですむようになったら、迎えに行こうとお金を貯めていた。
しかし、会社の健康診断で梨花が病気だと分かった。
だから優子の母親を辞めようと思ったのだと言う。
二度も母親に死なれるのは可哀想だから。
森宮と結婚したのは、優子の親に向いていると思ったからだ。
梨花の勘は当たっていた。
森宮には本当に大事にされていると優子は思う。
泉ヶ原と再婚したのは、梨花の異変に気付き、本当のことを全部しゃべる羽目になり、治療や入院などいろいろ助けてもらいながら今に至ると言う。
泉ヶ原の懐の深さにはかなわず、梨花は泉ヶ原と一緒にいるのが心地いいのだと言う。
実の父親の今
梨花に父の居場所を聞いた。
父と優子が離れてから、父は優子に百通以上の手紙を送っていた。
しかし、梨花は優子に手紙を渡していなかった。
二年後には日本に戻り、優子に会いたいと何度も梨花へ連絡をしていた。
でもそのころには、梨花にとって優子より大事なものは一つもなかったから、失うことが不安でどうしても会わせることができなかった。
梨花が優子の母親を辞めようと決心した時、父の気持ちがよく分かったと言う。
離れたって、自分に新しい家族ができたって、子どもに対する思いは少しも薄められない、と。父はその三年後に再婚し、娘が二人でき、新しい家族と幸せに暮らしているようだ。
会える機会はすぐそこにあったと思うと、優子は勝手に涙が流れた。だけど、梨花を恨む気にはならない。
梨花がそんなことを越えるくらいの愛情を注いでくれたことは優子が知っている。
結婚の報告だけとはいえ、優子が現れることで、父の家族をわずかでも揺るがせてしまうのはよくないと、父には会いに行かないことにした。
父との再会
森宮は、優子に宛てた父の手紙を、誰にも読まれずにしまわれてしまうのはむなしいと思った。
それに、子ども時代の優子がどんなふうだったのか知りたくて、手に取らずにはいられず勝手に読んだ。
元気なのか、学校はどうだ、梨花は優しくしてくれているか、困ったことはないか、返事がこない優子に、何度も何度も同じことを繰り返し尋ねていた。
そして、最後はいつも優子が元気で楽しく毎日を送っていることを願っている、どこにいても味方だから、と結ばれていた。
会いたいという父の切実な思いも、これだけ強い思いを持った人に優子を会わせるのが怖かった梨花の気持ちも、森宮にはよく分かった。
百通を超える手紙を読んで、優子の幸せになろうとしている姿を見ることが、父にとって何にも代えられない大きな喜びだと言うことを、想像するのは簡単だった。
だから森宮は優子の父に手紙を書いた。
結婚式の場所と日時だけを知らせた。
十三年ぶりの父娘の再会はあっさりしたもので、時間の隔たりなど何もないように、お互いに近づき言葉を交わしていた。
語らなくても理解し合えるものが、共に生きなくても通じ合えるものがあった。
バージンロードは森宮と歩くことを優子は希望した。
最後の父親だからじゃない。
ずっと変わらず父親でいてくれたのは森宮だけだ。
優子が旅立つ場所も、この先戻れる場所も森宮のところしかないのだ。
ライターのコメント
本書を読むのは何回目だろう。
何回読んでも変わらずに号泣してしまう。
同じ親として感情移入してしまう。
一見、複雑な家庭なのに、こんなに穏やかに真っ直ぐに優子が育ったのは、紛れもなく優子にたくさんの愛情が注がれたからだと思う。
家族という縛りだけでなく、子どもに愛情を与える環境がいかに大切か、学びにもなる。逆に学生が読んだら、親心も理解してもらえるのではないか。
きっと私は本書をこれからも読み返すだろう。