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【黒い絵】

読むのに必要な時間 約 4 分

目次

インフォメーション

題名黒い絵
著者原田マハ
出版社講談社
出版日2023年11月01日
価格1,870円(税込)

登場人物

・高木響子
 スピーカー

・レイ・オークウッド
 ハーバード大学院教授

あらすじ

※一部、ネタバレを含みます。

※本記事は要約記事ではなく、自身の言葉であらすじ及び感想を書いたものです。

※短編集『楽園の破片』のあらすじ

ボストン美術館へ

ニューヨーク発ボストン行きのアムトラックは、濃霧のため予定通りに出発しなかった。

高木はボストン美術館の講演会事務局に電話をして、到着がギリギリになりそうなことを伝える。

ボストン美術館の講演会場を埋め尽くす聴衆は、高木の話を聞きにくるわけではない。

ボストン市民は、高木ではなく、もうひとりのスピーカー、レイ・オーウッドの話を聞きにやってくるのだ。

レイ・オーウッドという人物

ハーバード大学院教授、ポスト印象派研究の第一人者。

ボストン美術館学芸部の顧問も務めるレイが書く本は、分厚くて小難しい学術書なのに、東海岸のブックストアでは、売り出せば必ずベストテン入りを果たす。

ユーモラスで、人懐こくて、出会った人をたちまち虜にしてしまうレイ。

イタリア美術史研究者の美しい妻を「こんなに人を愛したことはないってくらい愛している」と言って憚らない。

そして、彼女と同じぐらいか、ほんの少し余計に愛していると、高木の耳元で囁いた人だ。

別れる前にもう一度

高木とレイが最後に会ったのは二ヶ月前のこと。

もうあなたとは会えない、そう言い出したのは高木だった。

レイと七年も付き合ううちに、高木は四十三歳になっていた。

色んなタイムリミットが迫っている。

高木は一度も結婚や出産というものを体験したことがない。

日本にいる両親は年老いて、母は重い病気に冒されていた。

母のためにも、自分のこれからの人生のためにも、決断しなければならない。

レイと結婚するか、別れて新たなパートナーを探すか。

一年、高木はその選択に苛まれていた。

そしてとうとう、高木は切り出した。

レイは静かに高木の申し出を受け取った。

答えは聞かなくても、分かっていた。

バーを出て、高木のアパートまで無言で歩いた。

アパートの前で高木が右手を出すと、レイは高木の右手を握る。

そしてレイは背を向けた。

レイが角を曲がりかけた瞬間に、高木はあふれ出すように叫んでいた。

高木から別れを切り出しておいて、レイに嘆願したのだ。

もう一度だけ、抱いてと。

レイは、いつも以上に丁寧に、熱を込めて愛撫した。

高木はその感覚のすべてを記憶しようと、身体は震え、喘いだ。

そして、付き合ってから初めて、レイは高木の中に射精した。

楽園の入り口

高木の携帯が鳴る。

今日の講演会の司会者で、ボストン美術館の学芸員のアーノルド・アーチャーからだった。

アーノルドはレイと高木の共通の友人だ。

高木が濃霧の影響で遅れることに少しだけ苛立っているのが分かった。

高木は黙りこくった。

アーノルドは謝り「レイが君に会いたがってるよ。一刻も早く」と言った。

アーノルドは高木とレイの関係を知っていたのだろうか。

通話を切り、高木は吐き気がこみ上げる。

トイレへ駆け込むなり吐いた。

座席へ戻ると、お腹の上に両手を置いて撫でてみた。生理が遅れていた。

体調もすぐれず、すぐに吐き気を催す。

食事の好みも変わった。

今朝、思い切って妊娠検査薬で調べてみると、陽性反応だった。

四十三歳で、たった一回の射精で妊娠するなんて、ほとんど奇跡に近かった。

高木は、勝ったと思った。

何に勝ったのかわからない。

けれど、高木は得体の知れない勝利に酔いしれた。

高木は再び、楽園の入り口に立ったのだ。

濃霧のように

高木はボストン美術館の通用口に到着した。

受付の女性と一緒に早足に廊下を歩く。

先ほど講演会は始まったようだ。

いくつかのギャラリーを通り過ぎながら、高木は次第に息切れがしてきた。

知らないうちにお腹の上に片手を置いて、前のめりになりながら進んでいた。

受付の女性にトイレに行くから、『五分以内に響子が到着する』とアーノルドにメモを渡して、と伝える。

高木はねじれるような痛みを腹部に感じる。

ゆっくりと、かばうように、一番近くにあるトイレを探して、ギャラリーの反対側へ歩いていく。

合わさった腿の内側に、生ぬるい感触を覚える。

高木の視界は、今朝、車窓から眺め続けた濃霧のように、白くかすんでいく。

床の上に、真っ赤な花畑が広がる。

高木の耳には、名前を呼ぶ受付の女性の声と、レイが話し続ける声が、交差して響いている。

高木は目を閉じた。

白濁する意識のなかで、ゆっくりと、音もなく、楽園のドアが閉まるのが見えた。

ライターのコメント

『深海魚』『楽園の破片』『指』『キアーラ』『オフィーリア』『向日葵綺譚』の六つの短編集から本書はなる。

原田マハさんといえば、前向きで頭脳明晰、人間の心理をついた作品が多いが、本書は題名の通り“黒い”部分の作者を見ることができた。

官能的な部分も多く、今までの作風と違うので、無理しているのかな?と感じた違和感も、アートや美術館のことが描かれていると、やっぱり原田マハさんだなと思わされる。

原田マハさんファンとして、今までとは違う一面の作者を見れたことは何か得した気分になった。

と、同時にこんな黒い部分を想像することができてしまう人間が怖くもなった。

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