【新宿のありふれた夜】
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インフォメーション
題名 | 新宿のありふれた夜 |
著者 | 佐々木譲 |
出版社 | 角川文庫(角川書店) |
出版日 | 1997年10月23日 |
価格 | 748円(税込) |
登場人物
・軍司浚平(ぐんじしゅんぺい)
警察庁新宿署刑事課暴力犯捜査係。部長刑事。58歳。禿頭、愛称ダルマ
・早坂
警察庁新宿署刑事課暴力犯捜査係。刑事。30歳。独身
・郷田克彦(ごうだかつひこ)
新宿スナック『カシュカシュ』の雇われマスター
・史朗
三光町氷屋の従業員。18歳。250㏄バイクの元暴走族の頭
・メイリン
中国系ベトナム人。海賊たちに拉致凌辱を受けた15歳
・三宅
『カシュカシュ』常連客。代々木の予備校講師
・陣内律子
『カシュカシュ』常連客。労働団体機関紙編集者
・功二
史朗のバイク仲間
・葉子
功二のカノジョ
・戸井田哲夫
戸井田組組長
・藤堂
戸井田組構成員
・情報屋の男
軍司の昔からの情報屋
あらすじ
※一部、ネタバレを含みます。
※本記事は要約記事ではなく、自身の言葉であらすじ及び感想を書いたものです。
新宿歌舞伎町の夜の始まり
大学生だった郷田克彦は、額に血を流しながら歌舞伎町のジャズスナック『カシュカシュ』に飛び込み、店主に救われた。
その後、新宿に住みつき店を継いだが、その店も今夜で終わりを迎える。
郷田が開店準備をしていると、1階ドアで若い女がいた。
表の足音を恐れ震えながらドアノブを抑える女に、嘗ての自分を想い出した郷田は、女の手当てをした。
偽造パスポートと幾つもの偽名を持つ女。
ベトナムから脱出した中国系ベトナム人と告白し、本名は「メイリン」。
「リン」と呼ばれていた。
ぼくの店では人種差別はないと郷田は言った。
リンの警戒心が消えた。
郷田は外の様子を氷屋の史朗に訊ねた。
史朗は「桜道会で何かあったみたい……」と伝えた。
「行かなくちゃ」と店を出かかったリンに、郷田は近くまで付き添った。
宿直の日、新宿署刑事課の軍司浚平は歌舞伎町一帯を回り暴力団を牽制することになっていた。
極真連合桜道会幹部がいつもと違う様子に気づいたとき、戸井田組組長の戸井田哲男が撃たれた。
上半身裸体の組長が搬送された春山外科病院で藤堂はマル暴の禿頭と恐れられた軍司から聴取された。
「知らない」と供述を曲げない藤堂に、何かを隠していると軍司は疑った。
追われる女
靖国通りで郷田と別れたリンは、新宿要通りの中華料理店店主から給料残額を受け取ると、青梅街道をめざした。
リンは西新宿8丁目アパートに戻り、手荷物をまとめた。
ヤクザのアメ車が追ってきたこと気づいたリンは、急ぎアパートを脱出した。
リンを追いこむアメ車は対向車のトラックと事故った。
「組長が撃たれた」街での噂に、郷田は桜道会の混乱の意味を知った。
客の陣内律子に『インドシナ難民』について訊ねた郷田は、リンは流民だと確信する。
軍司は現場マンション内の化粧品臭から、東南アジアからの娼婦の仮宿で情婦を囲っていた場所だと考えた。
弾痕は2発。
1発は人に貫通していない。
病院から組長死亡の報告を受けた軍司は、これで歌舞伎町は戦場になると不安が過った。
一方、早坂から、西新宿8丁目での交通事故車両が戸井田組のものだと報告を受けた。
異様な包囲網の夜
惜しまれず、花束も電報もなく、いつもと変わらない店内を眺める郷田。
リンは戻って来ると、「新しいパスポートをもらいに一緒に行ってほしい」と郷田に頼んだ。
リンと郷田は公園で約束の男と会い、新しいパスポートを受け取った。
リンは売春強要を迫られ、「ヤクザを撃った」と郷田と客の前で告白した。
ポシェットから拳銃とパスポート2冊を取り出した。
1冊は千葉で亡くなったフィリピン人のものだった。
郷田たちはリンの逃亡に手を貸すと決めた。
大げさなほどの警戒検問が目立ちはじめた歌舞伎町一帯から、早くリンを逃がさなくてはと郷田は焦った。
西武新宿駅前付近の小映画館で、軍司は情報屋と接触した。
「桜道会が組長射殺と千葉の死体証拠を握る女を追っている」との情報に、桜道会は女の口を塞ぐつもりだと軍司は察した。
軍司は歌舞伎町のすべての小さな酒場を洗えと指示した。
通りでは、オートバイエンジンの爆音。
目を疑う無数のオートバイと改造車の群れ。
これは桜道会の動員じゃないと、軍司はいら立ちに堪えた。
歌舞伎町のありふれた夜
嘗て族の頭だった史朗は、桜道会に恨みのある族グループを集める算段をした。
史朗は族仲間の功二と葉子を郷田とリンに紹介した。
葉子の服やヘルメットをリンが身につけ、袖口の包帯を葉子はバンダナで巻きつけた。
リンは、礼を言いながら「あなたもこの街を出ることです」と郷田を説得した。
史朗は先にバイクを取りに行くと、街中を郷田たちとリンが続いて歩き始めた。
リンの前に制服警官が立ちふさがった。
禿頭の年配男が「放っておけ!」と叫ぶ声に救われた郷田たちは、足早に群衆に紛れた。
待っていた史朗はバイク後部にリンを乗せ、左手で大きく輪を描くとクラクションを鳴り響かせた。
次々と派手なクラクションの大合唱の中、史朗のバイクはリンを乗せて発進した。
リンは誘うように郷田に手を伸ばす。
「乗るなら、これに――」と功二は戸惑う郷田を促す。
二人を乗せたバイクは並走しながら靖国通りを東へ向かった。
軍司は失敗を承知していた。
暴走族が仕組まれたものか、利用したものか判明しないが、族が消えた後に追っていた者も消えたのは確かだった。
1984年、カナダ政府は華僑系ベトナム人2人をインドネシア難民として認定した。
ライターのコメント
名前を変え、祖国をだまし、偽造のパスポートを持つリンに、気丈でたくましさを感じる。
彼女を守ろうとする郷田の立ち姿も毅然として頼もしい。
「この街には借りがある」という昔気質を感じる一方、新宿を出る気弱さに同情した。
「いつまでもご飯の配給を待つだけの人になってはいけない」というリンの言葉に、胸が痛い。
大事にならない今夜にしたい軍司の心境はより人間的だ。
ヤクザ集団と警察組織、そこに数百台の暴走族グループ。靖国通りがバイクや改造車で埋まる光景が目に浮かぶ。
この夜は妙におかしなサイクルだったと現場にいたら誰もが感じたはずだ。
登場人物の多くが人の良い、優しい心の持ち主でよかった。
史朗の存在はこの顛末の立役者。秀逸だ。
軍司には一方的に同情する。
その後、郷田の所在はカナダなのか……その先を知りたいものだ。