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【神様の暇つぶし】

読むのに必要な時間 約 7 分

目次

インフォメーション

題名神様の暇つぶし
著者千早茜
出版社文藝春秋
出版日2019年07月19日
価格1,705円(税込)

登場人物

・柏木藤子
 父を亡くし一人になる。大学生。

・廣瀬全
 有名なカメラマン。藤子の父と友達。

三木
 全の助手。

・廣瀬京子
 全の妻。

あらすじ

現在

ランチをしていると、いつの間にか隣の席に男性が座っていた。

ここに来るまでの通りで目が合った人だった。

藤子は嫌な予感がし、席を立とうとしたが話しかけられてしまう。

男性は先生の最後の写真集の編集を担当していたと言う。

「あなたの目から見た先生の姿を知りたい」

大きな茶封筒から分厚い写真集を取り出す。

その写真集を見ると、藤子の心臓が喉を突き上げてくる。

こめかみから血がひいていく。息が、吸うのも吐くのも難しい。

藤子は自分が写った写真集を、まだ見ていなかった。

夏の再会

深夜に玄関のチャイムが鳴った。

一定の間隔をあけて、何度も、何度も、鳴る。

戸を拳で叩く音も聞こえてくる。

引き戸を開けると、無精髭の男が立っていた。

腕は血まみれだった。

「恭平は?」ぶっきらぼうに、男が藤子の父の名前を呼び捨てにした。

なんと答えればいいか迷い「いません」とつぶやく藤子。

すると、「あれ?おまえ、藤子か?」と突然、呼び捨てにされた。

救急車を呼ばれたくないから、父を頼ってきたのだろうと思った藤子は、男の手当てをするために、家に入ってもらう。

男は仏壇にある藤子の父の遺影を見つめていた。

事故で亡くなり先週、四十九日が終わったことを告げる。

男の手当てが終わり、低い声で礼を言うと、振り返りもせずに男は去っていった。

男の後ろ姿を目で追っていると、男は元写真館の前に立った。

その瞬間、藤子は男が誰だか分かった。

「全さん、おやすみなさい」

父の秘密

藤子は久しぶりに父の部屋に入った。

部屋は亡くなった時からそのままだった。

父の仕事机の引きだしに、銀色のシートにパッキングされた錠剤が出てきた。

丸いオレンジ色の粒が三つ。どこか悪いところがあったのだろうか。

不安になった藤子は、インターネットで薬剤名らしきものを入力する。

“ED”。

目に入ってきた英文字に心臓がばくんばくんと鳴っていた。

一人でいられなくなって、元写真館に行った。

全が藤子の異変に気付き、引きだしから見つけた薬について全に話しだす。

汚らしい、親のくせに、知りたくなかった、気持ち悪い、藤子の言葉に「いい人はセックスしないのか」と怖い顔をした全が吐き捨てるように言った。

こめかみの辺りがすうっと冷たくなり、藤子はしゃがみ込んで吐いた。

何度も何度もえずきながら涙をだらだらと流した。

その間ずっと全は藤子の背中を撫でてくれていた。

母との再会

父の死を、藤子はまだ母に報告していなかった。

子供も夫もいる母が恋をして、勝手に家を出ていった。

藤子は母が大嫌いだった。

葬式の時、本当は父の親族たちが母の実家に連絡をしようとした。

それを藤子が拒んだ。

母のことはどうでもよかった。

「どうでもいいなら報せてやってもいいだろう」と全は藤子を母の実家の山形に連れていく。

山形駅からはタクシーに乗り、藤子は一人で母の実家へ行った。

祖父母の家は日本家屋だったのに、二世帯住宅になっていた。

藤子が突然、訪ねてきたことにどうして来たのか、母は考えている様子だった。

父が死んだことを言い、「お幸せに」と踵を返した。

藤子は待っていてくれている全のもとに戻った。

どこまでも子どもだった藤子

思い返せば、気づくきっかけはいくらでもあった。

全が五、六時間おきに飲んでいた鎮痛剤がどれほど強力な薬で、どんな病気だったらそれが必要か、そして入院もせずに痛みだけを緩和させる状態がどういった意味を持つのか、調べればすぐにわかったはずだ。

突然の事故で父を失ってなおも、藤子は死の匂いに鈍感だった。

それは藤子が若く、圧倒的に死から遠かったせいだ。

逃げる全

「全さんが教えてくださいよ」

「私に、男を」

藤子が言葉を発したと同時に、全の温度がすっと下がったのがわかった。

藤子は、羞恥と後悔が込みあげる。

家に着くまで一言も喋らず、有無を言わせぬ拒絶が鎧のように全を包んでいた。

次の朝、斜め向かいの廣瀬写真館へ向かう。

ガラス戸を叩き、声をあげても全は出てこない。

角を曲がってくる車の気配がしたと思ったら、三木が車から降りてきた。

「先生の女癖の悪さは病気ですから」

「関係を切ることすらしません」

「興味を失ったら終わり」

と忠告を受ける。

全と会わない日々が一週間以上も続いた。

駅から家に帰るとき、車道の向こう側に全を見つける。

藤子は名前を叫んだ。

声は届いたはずなのに、全は見向きもしない。

足が速まったようにすら見える。

信号が変わるのを待っていたら、見失う。

藤子は勢いよく縁石を越える。

気がついたらボンネットに転がっていた。

「馬鹿野郎」全のすごい声がした。

藤子はシャツをひっぱる。

「逃げないでください

」「全さんに触りたいんです。確かめたいんです。それだけなのに、どうしてそれが駄目なんですか」

ふたりの間にあるもの

藤子はあの夜まで、人の体温を知らなかった。

やっと、ひとつになれた気がした。

夢中になって欲を貪った。

疲れ果て、いつ夜が明けたのか知らないまま眠り、まどろみの中で藤子と全はまた抱き合った。

二人の間に黒い金属の塊が入ってきた。

気がついたら、全がカメラを構えていた。

全は藤子を「抱きたい」ではなく「撮りたい」と言った。

全の中でそれは同じ意味だったとしても、藤子が全のそばにいるには両方を飲み込まなくてはいけなかった。

体に温度があるのと同様、きっと心にも温度がある。

全に悪意はなかった。

いつにだって、誰に対してだって、なかっただろう。

全はただ欲求に従って行動し、後に遺された結果がどうなろうと構わなかった。

心惹かれる瞬間だけに執着した。

藤子と全の時間は全の作品になった。

突然の別れ

置き手紙も、別れの言葉も、なにもなかった。

藤子の大学の後期授業がはじまり、いつものように家を出て、スーパーに寄って帰ったら、もう全はいなかった。

数組の着替えはそのままで、まるで煙草でも買いに行くみたいに姿を消した。

ただ、居間にいつも置いてあったカメラや撮影機材はきれいになくなっていた。

“関係を切ることすらしない”

“興味を失ったら終わり”

三木が言っていた言葉がよみがえる藤子。

自分だけが特別だと信じる馬鹿な女にいつしか藤子はなっていた。

藤子は「死んでしまえー!」と大声で罵った。

吐き出した声が、本物の神様に届いてしまうことになるなんて。

遺言

記憶のすべてが痛みに変わっても、容赦なく時間は経つ。

やがて就職活動が始まった頃、廣瀬写真館のガラス戸が開いていた。

藤子は叫びながら駆けた。

そこに居たのは廣瀬京子、全の妻だった。

話がしたい、お願いがあってきたと言う京子。

契約書のような紙を広げる。

「廣瀬が撮ったあなたの写真を本にまとめようと思ってます」

「廣瀬の遺言だから」

中身も確認せず、藤子はサインをした。

藤子の写真集

藤子を写したという写真集は、廣瀬全の代表作になった。

『FUJIKO』というタイトルのせいで、藤子の素性はマスコミに嗅ぎつけられた。

愛人や隠し子といった様々な憶測が書きたてられた。

写真集が発売されてから、何度も引越しを繰り返し、藤子は逃げ続けることで必死だった。

しかし、逃げていたのは全がいないという事実からだった。

藤子はこれからも生きていく。

もう、眠れない夜を過ごすのは終わりにしようと、震える指で重みのある表紙をめくった。

藤子の姿はどれも美しくはなかった。

けれど、体のどの細部もしっかりと存在し、命を宿し、その生命力で外の世界を押し返していた。

たったひとつの嘘もなかった。

光と影を呑み込んで生きる、ひとりの女のすべてがそこにあった。

「おひさしぶりです」と男性が来た。

「あの写真が語るんです。フジコという命の塊みたいな女に、どんなに廣瀬全が魅入られ、嫉妬し、執着したか。残り少ない命だったからこそ、先生はあなたに惹かれたんです」

これは、僕から見た物語だと言う。

「どんなに深く愛し合っていても、お互い自分の物語の中にいる。」

「僕はあなたの話を聞きたかった」

藤子は「長くなりますよ」と、あの濡れた晩へと戻っていく。

ライターのコメント

このあらすじには書いていないが、本書には居酒屋や定食屋さんで、藤子と全さんが食事をするシーンが多くある。

そのシーンが本当に美味しそうに描かれていて、油が手につく様子や周りを気にせず豪快に食べる様子にもすごく魅了される。

また、藤子と全が抱き合うシーンも、体の細部まで繊細に描かれている。人間の欲を貪欲に表現していて、藤子の真っ直ぐに人に好意を抱くことに羨ましくも感じてしまう。

しかし、逆にお互いが隠している想いや感情もあり、一筋縄ではいかない。

どこか昔気質の全の口の悪さも、若い女性から賛否両論はあるかもしれないが、私はこのぶっきらぼうな言葉の裏に愛情が溢れている背景を感じとってほしいと思う。

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