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インフォメーション
題名 | スター |
著者 | 朝井 リョウ |
出版社 | 朝日新聞出版社 |
出版日 | 2023年3月7日 |
価格 | 792円(税込) |
登場人物
・立原尚吾
グランプリ受賞後は、名監督が所属する映像制作会社で働く。
・大土井絋
グランプリ受賞後は、YouTubeの動画編集などで働く。
・鐘ヶ江誠人
名監督。尚吾の師匠。
・千紗
尚吾の彼女。同棲中。
・長谷部要
映画の主演を引き受けてくれたボクサー。
・浅沼由子
鐘ヶ江組のベテランスクリプター。酒好き。
・泉
尚吾と絋の大学時代の後輩。
あらすじ
次世代スターの産声
プロボクサーを目指す青年の日々を描いた『身体』が、ぴあフィルムフェスティバルでグランプリを受賞。
まだ大学三年生の立原尚吾と大土井絋。二人で一つの作品を監督するという珍しい形式に注目が集まった。
尚吾の細部にこだわり完成度を上げる才能。
絋の自分がかっこいいと思うものをかっこよく撮る才能。
真逆な印象の二人。
尚吾は大学卒業後、鐘ヶ江監督が所属する映像制作会社で働く。
絋は長谷部要が所属するジムでYouTubeの撮影・編集・企画の仕事に就く。
一一「どちらが先に有名監督になるか勝負だな。」
時代の変化
サークルの後輩である泉にお願いして、機材を借りることにした絋。
久しぶりに部室に行くと長い間、人の出入りがないことに気付く。
泉に問うと、今は動画の撮影や編集ができる人が重宝されていて、みんなYouTubeの外注を受けているという。
映画は年に何作しか撮れない。でもYouTubeは毎日アップできるし、テレビより沢山の視聴者が集まっている場所。
達成感もリアクションも映画を撮るのに比べてすぐに感じられる。
時間と労力をかけて誰に観てもらえるかわからないものを作る気力がなくなったようだ。
YouTubeの話をしていると、泉が思い出す。『身体』の撮影期間に、予告編をYouTubeにアップしてみてはどうかと絋が尚吾に提案した時のこと。
新鮮な感想に触れることができれば、今の不安やもやもやを晴らす突破口が見つかるかもしれない、と。
しかし尚吾は露骨に嫌な顔をした。
「あんな未完成な場所から学ぶつもりはない」
「反応もらえることに慣れたら今後ストイックなものづくりができなくなるかもしれない」
「チヤホヤされるためにカメラを回すような監督にはならない」
一一「考えすぎなんじゃない?」
二人の違和感
「結論から先に言うと、まだ、脚本としてはものになっていない」
鐘ヶ江監督に何度も脚本のボツをもらい、落ち込んでいる尚吾。
そんな時に、彼女の千紗が見ていた五十万回以上再生しているYouTubeの動画で、絋の存在を見つけ複雑な心境になる。
尚吾の映画は世に出るハードルが高い。
だからこそ高品質である可能性も高くて、そのためには有料で提供するしかない。
ゆえに拡散もされにくい。
しかし、絋は世に出るハードルが低く、低品質の可能性も高い。だけど無料で提供できるから世の中には拡散されていく。
一一「ないものを、あるように見せることがうまい奴らが、どんどん先へ行く」
一方で絋は、YouTubeの登録者数より再生回数の方が多いという理想的な状態だが、「編集のクオリティが高い」というコメントに違和感を抱く。
ジム側にせっつかれ次々とアップしている動画は、クオリティに満足いく水準に全く達していないからだ。
ここで絋ははっきりと気付く。
自分の編集のクオリティが褒められているわけではない。
他のYouTuberたちが、編集のクオリティをそこまで重要視していないからだ、と。
更に、ジム側に質より量だと毎日投稿を強要される。
一一「ないものをあるように見せるのは、違うような気がするんです」
二人の壁
日刊キネマの映画評。
自分の作品が載ることをずっと夢見ていた尚吾。
しかし、“番外編”として、先に絋のYouTubeの作品が掲載される。
尚吾は逃げ出したい衝動に駆られる。
たまたま居合わせた浅沼と話す。
実は、鐘ヶ江監督に頼まれてこっそりと尚吾の脚本を読んでいたことを告白される。
「あっちもこっちも目配りしているみたいな話が多くない?」
「全方向に対して“大丈夫ですよ〜社会がいい方向に変わる答えが描かれてますからね〜”みたいな空気のものばっかりだよね」
とまさに自分に当てはまる言葉を言われむず痒くなる。
一一「答えって答えとして差し出されても意味ないんだよね。私は答えより問いがほしい」
アップした動画を最後に絋はジムの仕事を辞める。
動画は想像以上の反響を浴び、日刊キネマの映画評に掲載された。
しかしその現象は、毎日大量の新作が誕生し続けている巨大プラットフォームの中で打ち上がった、一瞬の花火にすぎなかった。
次の就職先はYouTubeで知り合った縁で決まる。
先輩にエリートコースへ行かなかったことが謎だと言われる。
「賞とかそういう文脈で誰かに選ばれるんじゃなくて、自分がここだと思った場所を選べる人になりたいのかも」
一一「どんな世界にいたって、悪い遺伝子に巻き込まれないことが大切なんです」
本格的に始動する予定だった鐘ヶ江監督の最新作の制作は、再調整が必要という通知が突如スタッフに伝えられた。
詳しい理由も分からぬまま、空いたスケジュールに別の現場を入れる尚吾。
しかし、外部の人間に鐘ヶ江組の制作が止まったのは、経済的な事情だと聞く。
鐘ヶ江監督の作品は、レンタルを除くと映画館でしか観られない。
テレビ放映や、有料配信の類も全て断っている。
品質にこだわるため、制作期間は長く、制作費も高くつく。
会社として進みたい方向と、鐘ヶ江監督の貫きたい方針がズレてきている。
この話を聞いたとき、尚吾は思った。“解禁すればいいのに”と。そこで思い出す。
かつて自分が、絋に言われた言葉。
一一「考えすぎなんじゃない?」
同じことを鐘ヶ江監督に浴びせようとしているのだと。
衝突する二人
絋にミュージックビデオの監督の依頼が入る。
ただ公開するだけでは面白くない、視聴者を巻き込んだムーブメントを起こすための案が代表から告げられる。
内容は暴力動画の流出かと思わせて実はMVの一部でティザー映像だったというオチだ。
絋は「賛同できない」と強く言う。
「視聴者を勘違いさせて注目を集めるってことは、多くの心をいたずらに動かすってことです。
暴力を振るわれているように見えるクリエイターを本気で心配する人もいるし、暴力を振るった側の視聴者は不安でたまらなくなるだろうし、どちらのことも知らなくてもパワハラを本気で憂える人もいます」
一一「一番怖いのは、知らないうちに悪い遺伝子に触れることで、自分も生まれ変わってしまうことです。見えない文脈に挟まれて、いつの間にか。」
鐘ヶ江監督と久しぶりに編集室に二人になった尚吾。
オープニングムービーの監督を引き受け、完成前にどうしても鐘ヶ江監督に観てもらいたかったのだ。
尚吾の作品に大絶賛する鐘ヶ江監督。ここで尚吾の本音が漏れる。
「この一年、この場所で、神は細部に宿るということを身をもって学んだからです」
「細部にこだわることを妥協しなければ、誰と組んだとしても大丈夫なのかもしれないって思えました」
「だから、鐘ヶ江作品はどこで公開されたとしても絶対に大丈夫です」
「大きなスクリーンじゃなくても、最初から最後まで一気に見られる環境じゃなくても、鐘ヶ江さんが撮った映画の質も価値も、削られません」
尚吾のまっすぐな気持ちに「ありがとう」とお礼を言う鐘ヶ江監督。
しかし、「心の問題なんだ」と告げる。
映画館以外の場所で簡単に映画を見られるようになるということは、ずっとお世話になってきた昔からある個人経営の映画館が一つずつ消えていくということ。
自分の行動が直接的ではなくても、映画館から人を遠ざけてしまうのではないか。
どれだけ環境が変わっても、俺の心は動いてくれない。
受け手の変化に順応することを優先していたら、全員で速度を上げ続ける波に呑み込まれることになる。
一一「その中で、変わらないように努力することができるものは心。自分の感性」
再会する二人
鐘ヶ江監督との話の後にどうしても映画を見たくなった尚吾。
そこでたまたま絋と再会する。
更にロビーで若い団体客の中に居た大学時代の後輩、泉とも再会する。
「まとめると、二人はこれまで、真逆の状況に身を置きつつ、お互いの芝生が青く見えるな〜って思い合ってたってことですよね。で、一年くらいかけて結局、心がどうのこうのみたいな、偶然同じような結論に辿り着いたと」と、泉に簡単に要約されてしまう。
泉は現在“オンラインサロン”をしていることを二人に話す。
目的は、映画館を再建すること、映画館を盛り上げること、その気持ちに共感してくれる人と繋がって、直接やりとりできる場所を提供するという内容だ。
泉の話を聞いて違和感を持つ二人。
泉のコラムは取り上げるツボは押さえてるし、書いてあることも間違ってはいない。
でもこの映画のことを取り上げれば会員が喜ぶだろうっていう魂胆が丸見えだった。
でもこれがその場の空気を読んで、集団を操る泉の能力なのだ。
結局、創り出したものにそれだけの価値があるかとか、対価に見合うほどの質なのかっていうのは、考えても仕方ない。
一一「それより、これが自分の作品ですって差し出すときの心に嘘がないかどうかなんだ。」
また尚吾もずっとすれ違っていた千紗と話す。千紗は料理人。
尚吾が、脚本を描く時間を作るために完全食に置き換えていたことに傷ついていた。
でもそれは、自分が勝手に比べて勝手に怒っていただけだと言う。そもそも比べられない。
誰かにとっての質と価値は、自分にとって認められないものだとしても、その人以外には判断できない。
一一「私は、誰かがしてることの悪いところよりも、自分がしてることの良いところを言えるようにしておこうかなって、思う」
鐘ヶ江監督から班員に集合がかかる。
久しぶりに浅沼と会い、尚吾の表情がすっきりしていることを指摘される。
「はなから小さな空間に向けて差し出したものだとしても、それがどんな一点から生まれたものだとしても、素晴らしいものは、自然と超越していく。
だからどんな相手に差し出すときでも、想定していた相手じゃない人にまで届いたときに、胸を張ったままでいられるかどうか」これが、尚吾の今の答えだ。
浅沼と話す中で、鐘ヶ江監督の製作過程をドキュメンタリーシリーズにして有料配信するっていう案があることを耳にする。
「もう一人、リアルで生々しい映像が得意な人がいたらいいんだけど」
一一「それなら俺、推薦したいヤツが」
ライターのコメント
人と人との会話。
こんなにリアルに表現できるNo.1作家は朝井リョウさんかもしれない。
そう思わせるぐらい会話がリアルに映像として見えてくる。
朝井リョウさんのマジックだと思う。
今の時代の課題のようなものを問われたような本でした。
本書はYouTubeと映画で例えられていたけど、私たちの日常生活でも同じ。
簡単に情報収集ができる。
携帯やLINEを使って連絡をとり、すぐにレスポンスができる。
便利になって、効率も良くなったとは思う。
でも裏側には“待つ”ということができなくなっている背景が見える。
“余白”とか“間”も私はワクワクしながら楽しみたい。
“待つ”中に生まれるものがあると思うから。
また、今の時代のスピードに合わせることで、なんとなくこれでいいかな?って適当になるのではなく、丁寧に考え行動していくことも大切だなと感じる。
今書いているこの感想もそう。
丁寧に書いて一人でもいいから、本書を読みたいなって思ってもらえるように…参考になれば嬉しいです。
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※本記事のセリフ部分については、紹介している本書より引用しています。