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インフォメーション
題名 | ハグとナガラ |
著者 | 原田マハ |
出版社 | 文藝春秋 |
出版日 | 2020年10月7日 |
価格 | 627円(税込) |
登場人物
【登場人物】
・波口喜美
あだ名「ハグ」
・長良妙子
あだ名「ナガラ」
あらすじ
※一部、ネタバレを含みます。
※本記事は要約記事ではなく、自身の言葉であらすじ及び感想を書いたものです。
ひとり旅でもひとりじゃない
やっぱり、今回はやめておいたほうがよかったかな。
目的地に到着するまえから、そんな思いが胸をかすめるハグ。
宿につき、バトラーと呼ばれる宿の女性スタッフに出迎えられ、ひとつの部屋へ通された。
部屋でハグを待っていたのは、いちめんに広がる雨の森の風景だった。
この風景と静けさをひとり占めする。
このうえなく贅沢なことなのに、もったいないと思ってしまう。
五年前にハグが失業したのをきっかけに、年に三、四回ほどハグとナガラは“女ふたり旅”をするようになった。
何気なくナガラから『旅に出よう』というメールがあったことが始まりだった。
大学を卒業して以来、十四年ぶりに、二人は旅へ出かけることになる。
ナガラには地道な会社員生活で築き上げた貯蓄があったが、ハグは失業中の身で豪華な旅館に泊まったわけでもなく、贅沢づくしのご馳走を食べたわけでもない。
ただよくしゃべり、よく笑い、よく食べ、よく眠った。
今回の旅の三日前に、ナガラの母が脳梗塞で倒れた。
何ヶ月も前から予約した人気の宿をキャンセルするより“女ひとり旅”に挑戦してほしいとナガラが背中を押してくれたことから、ハグは“女ひとり旅”に挑戦している。
部屋のテラスの露天風呂に入ってから、ディナー用のワンピースを取り出し、ひとりで食事へ行く。
お店の品格、料理人とゲストの程よい距離感、ハグはいい気分になり自然と微笑がこみ上げる。
ひとりで来たことに、もう後悔はなかった。
しかし、友を連れてこれなかったことを悔やんでいた。
ナガラから『そっちはどう?』とメールが来る。
ナガラの母の安否の報告と共に。
そしてしばらくは母のそばにいたいから旅ができないことも書かれていた。
しかし、近い将来また“ふたり旅”が復活できることをふたりとも信じていた。
帰りに「今度は、友人と来ます。必ず」とバトラーに伝え“女ひとり旅”が終わる。
ハグの母の異変
ハグは母の様子がおかしい、と気がついた。
母のほうから電話がかかってくることはめったになかったのに、毎日のように電話が鳴る。
ハグの父が他界して以来、ずっとひとりで暮らしてきた母。ひとりでも大丈夫だからと強がり続けた母が「ひとりっきりで、さびしいねん」と言い出す。
病院へ診察に行くと診断結果は認知症だった。
失業してから、フリーランスで広告ディレクターの職に就いたハグ。
東京を離れ、故郷で仕事と介護の両立ができるのか悩んでいた。
ハグの母を一泊のデイサービスへ預け、近場で一泊二日で旅行へ行こうとナガラが提案し予約してくれた。
ハグの気持ちをすんなりと読み、ハグがどういう状況なのか説明しなくても勘付いてくれるナガラ。
「東京を引き上げて、実家に帰ってもやっていけるかな」とハグが不安を漏らすと「イケるって」とナガラは言ってくれた。
「イケるやろ」はナガラの口癖で、どこまでも楽観的に口にするナガラが、ハグは好きだった。
なんの根拠もない、けれど流れるままに波に乗っていけば、最後にはなんとかなる。
旅するふたりの魔法の言葉だった。
仕事と介護の両立
悩み抜いた末、母のもとに帰る決心をした。
仕事も制限されるし、旅行もできなくなる。
けど、ナガラが「大丈夫。イケるって」と背中を押してくれた。
ナガラの母は、脳梗塞で倒れたのち、ケアホームで暮らしている。
ナガラは月に一、二度顔を見に帰省していたが、会社に勤務しながらだとそれが精一杯だった。
フリーランスで仕事をしているハグは、どこで暮らそうとそこがハグの仕事場になる。
母の介護、その合間に自宅で仕事。目の回るような日々が過ぎゆき、またたくまに二年が経った。
ある日、ハグの母が失禁をした。
その後始末に熱中するあまり、大事なクライアントとの約束をすっぽかして信用を失い、その後、仕事が大幅に減る
その一部始終をナガラに報告していた。
『お母はん、かわいい。子供みたいやん。ハグが子供だったときも、きっとお母はんもおんなじようにしてくれたんと違う?』
『仕事を少しセーブして、お母はんにしっかり付き合ってあげなさい…って神さまが言うてはるんやろ』
とナガラはメッセージを送ってくれた。
ハグはほんの少し迷ったけれど、『そっちさえよければ、また旅しよか?』と誘った。
ひさしぶりのふたり旅
一泊二日でも、はたまた日帰りでもいい、近場で構わないから、ひさしぶりにナガラと旅に出かけたいな…と思い続けるハグ。
チャンスを模索したが、残念ながら、実行に移す機会はなかなか訪れなかった。
ところが、恐れていたことが起こった。
ハグの母が転倒し、足首を複雑骨折、全治三ヶ月の重傷を負ったのだ。
入院ののち、母はケアホームに入居することに。
自宅でハグひとりが介護をするのはさすがに限界だろうという結論だ。
ハグは毎日ホームへ通った。
しかし、母の認知症は進行していた。
『ハグ、五十五歳の誕生日おめでとう。記念に、ぼちぼち、旅に出よう』と、ナガラからメールが届いた。
母の介護に追われ、自分の誕生日などすっかり忘れていたハグ。
ホームの所長に相談し、ハグの母にもきちんと話し、ひさしぶりに旅に出ることになった。
出発まえにホームに立ち寄った。
いってきます、と強張った笑顔を母に向けると「いってらっしゃい、喜美ちゃん。ナガラちゃんに、よろしゅうな。いつか私も、あんたらの旅に連れてってや。」と言って満面の笑みで手を振ってくれた。
ハグとナガラのケンカ
ハグの母の感情の浮き沈みが激しく、ハグが顔を見せないと不安定になり、食事も喉を通らないほど不安がるようになった。
ハグは毎日ホームに通い、母が就寝してから家に帰り、夜九時から深夜二時頃まで仕事、翌朝八時にまたホームへ行く日々を送っていた。
相変わらず広告ディレクターの仕事を続けていたが、オンラインの打ち合わせに出ることもできず、自然と仕事は減っていた。
貯金はみるみる減り、もう贅沢なんてできない。旅行は夢のまた夢になってしまった。
『お疲れさま。明日、香川のこんぴらさんに行ってきます』と、ナガラからメールが来た。
ひとりで旅をするというナガラに、頭に血が上がってしまい、『行かれへんってわかっとったって、いちおう誘うとか、事前に相談するとか、それが私らの旅のルールなんとちがう?』と責め立てるメールを送る。
既読になったがナガラからの返信はなかった。
翌日にナガラから届いた画像で、急にひとり旅に出た理由が、ようやくわかった。
喪服姿のナガラが佇み、両腕に、白い箱を抱いていた。
ナガラの母の納骨式のために、ナガラはひとりでこんぴらさんへと出かけていったのだった。
亡くなったと知って、すぐにナガラに連絡をした。
急変し、最期を看取ることができず、間に合わなかったという。
『介護は大変やと思うけど、ハグがそばにいてくれてお母はんはほんまに幸せやと思う。私は後悔ばっかり。ハグには、後悔してもらいたくないねん。私らの旅を』と、尻切れとんぼのメッセージが届いた。
それっきりナガラからのメッセージはなかった。
ナガラはなんと言いたかったのか。
もう旅を終わりにしよう、卒業しようと言いたかったのか。
ハグはナガラに提案する。
『もう一度、旅に出よう』と。書きかけのメッセージの続きは、
一一私らの旅を、これからも続けよう。人生をもう少しだけ足掻こう。
ライターのコメント
同じ女性として、ハグとナガラの関係性がすごく羨ましい。
まるで家族のような存在だけど、程よい距離感もあり、お互いを尊重していて、憧れてしまった。
四十代、五十代になってくると、目の前に見えてくるのが親の介護。
社会に出て、大人の階段は登っているのに、時代の流れとともに親も年老いていくのに、親の前では子どもに戻ってしまうのはなぜなのだろう。
“親はいつまでも元気”と錯覚してしまう。
医学的には“老いる”っていうことは頭では分かっているのに、感情がついてこない。
自然の原理なのに、親が老いることにショックを受けてしまう。
そういった葛藤が本書から伝わってきて、涙なしには読めなかった。
私は三十代。何事もなければ、親の介護はすることになるだろう。そのときに、もう一度、この本を読み直したい。
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※本記事のセリフ部分については、紹介している本書より引用しています。